NO SIDE 第19話~第29話

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第19話~ミウ7~

1999年 5月

私たちは、この3月に
無事大学を卒業した。
トキヤは演奏活動を
続けていくために就職はせず、
アルバイトをしながら、
頑張っている。
定職につかないことについては、
彼のお父さんと、
かなりもめたらしい。
とりあえず演奏を続けていく事は、
了解してもらえたみたいだが、
3年間という期限付きだそうだ。
3年たっても、演奏家としての
目処がたたなかったら、
きちんとした仕事につくという、
約束を交わしたらしい。
私はそんなトキヤを
応援することしかできないけど、
自分の夢の実現のために、
頑張ってほしいと思っている。

昨日久しぶりにセナと話をした。
彼女は今、地方の音楽大学に
通っている。
私と同じ大学に
通えなかったのは残念だけど、
彼女の体のことを考えると、
今の学校に編入したのは、
よかったと思っている。
そこの大学には、
彼女が前から希望していた
「音楽療法」を学べる科がある。
充実した学園生活を送っているらしく、
安心した。

「セナ…、こっちに来られることはあるの?」
「うん。体ももうほとんど大丈夫だし、
夏くらいには、ミウに会いに行こうと思ってる」
「楽しみだわ。早く彼も紹介したいし」
「…トキヤさん?
そういえば、写真届いたわよ。
まったく…、二人とも幸せそうな顔して」

私はこの前、チャペルの前で
撮影した二人の写真を
セナに送っていたのだ。

「このチャペルが、
ミウがいつも話していたチャペル?」
「そうよ。いつか二人で結婚式をと思っている
チャペルよ」
「…。幸せそうね。あなたがうらやましいわ」
「セナはどうなの?
そっちで楽しんでいるんじゃないの?」
「大学は楽しいわよ。
でもそれ以外は別にないわよ」

私はセナと長いつきあいだけど、
今まで一度もセナの恋愛の話を
聞いたことがない。
セナはその可愛らしい外見と、
女性らしい優しいハートで、
きっと男性にはもてると思う。
でもずっと女子だけの学校に
通っていたので、
男性と知り合うチャンスが
なかったのも事実だ。
しかもセナは、自分の体のことで
必死だったので、
なおさら恋愛どころでは、
なかったのだろう。

ただ私は本当に
セナの幸せを願っている。
私がトキヤに出会えたように、
セナにも素敵な男性が
現れることを、心から願っている。
そしてみんなで、
ずっと仲良く暮らせたら、
どんなに楽しいだろうと、
私は思っていた。


第20話~ミウ8~

2001年 9月

今日はめずらしく良い天気だ。
トキヤとデートの時は、
雨の日が多かったので、
晴れてくれると本当に嬉しい。
デートの時は、彼が私の家まで
迎えにくるのだが、
朝電話があって、
今日はあのチャペルで
待ち合わせをする事になった。

(…そろそろかな?)

チャペルで待ち合わせなんて、
何か意味深なので、
私には少しだけ期待があった。
付き合い始めて5年近く…、
私も24歳だ。
もうそろそろ結婚が
現実的な話になっても
良い頃だ。

(彼は私との結婚を望んでるのだろうか?)

以前はよく、「結婚」についての夢を
二人で話していた。
でも最近は、意識的に結婚の話を
避けるようになっている。

トキヤの気持ちはよくわかる。
自分のやりたいことと、
私への責任、
その狭間で心が揺れ動いているのだろう。
私はそんな彼の気持ちがわかるので、
その話題には触れないように
気を使っている。

ただひとつだけハッキリしている事がある。
私にはトキヤしかいないという事だ。

時間になり家を出てチャペルへ向かう。
この道は何度も通った道だ。
最近近くの交差点に
信号が設置された。
この辺は抜け道で、
細いわりに車の通りが多い。
その交差点は、よく事故が起こっていたので、
信号が設置されたのだ。

ちょうどその交差点に差し掛かる。
歩行者用の信号が点滅し始めたので、
私は急いで渡り始めた。
その直後、
私の目の前に大きな物体が飛び込んでくる。

(ぶつかる!)

そう思った後、時間が突然ゆっくりと動き出す。
そんな話を以前聞いたことがある。
事故の瞬間に、時間がゆっくりと進み始めて、
ぶつかる瞬間まで、
しっかりと目に映るという話、
今の私がそうだった。
大きな物体が車だということ、
色や形までしっかりとわかる。
そしてその車が私にゆっくりと迫ってくる。
でも私の体は動かない。
逃げることができないのだ。
そして、その瞬間は確実にやってきた。

衝撃

…そして闇がおとずれた。


第21話~取り戻すために~

私は気を失い
倒れている彼を見ていた。
心配していた通りに、
また同じ事が起きてしまった。
彼はミウの結婚式が行われていると
思い込んでいるチャペルに行き、
気を失う。
私は、そんな彼を見ながら、
今日彼に真実を告げて、
彼自身を取り戻すことを
決心していた。

本当はゆっくりと時間をかけるのが
セオリーだ。
急いだ行動は、
良い結果を生むとは限らない。

(…でも時間がない)

昨日の様子では、
もう残された時間は
あまりないかもしれない。
彼のためだけではない。
私のたった一人の親友の
ミウのためでもある。
このままでは、
彼は永遠にミウに会うことが
できなくなる可能性もある。
シナリオは出来ている。
後は彼を信じるしかない。

決心した私は、彼の名を呼び、
彼を起こした。

「…あれ?…セ・ナさん?」
私の名前は何とか覚えていて
くれたらしい。
それだけでも私は救われた。

「大丈夫?」
「…ええ、…えっと」
「どうしてここにいるかわかる?」
「…ここは?」
「公園よ。前にも来たでしょ。覚えてない?」
「…なんとなくは。…でもなんでここに?」
「また倒れたのよ」
「あっ…。そうだ、チャペル…。
ミウの結婚式で…」
「そうね。ミウの結婚式に乗り込んで、
ショックで倒れたのよね」
「…」
「前もミウの結婚式の後倒れたのよ。
その後私に会ったでしょ」
「…」
「その日もミウの結婚式、
今日もミウの結婚式、
そんなことってある?」
「…わからない。何だろう?」
彼の困惑した様子を見ていて、
少し私にも迷いが出てきた。
このまま進めてよいのだろうか?
彼は本当に耐える事ができるのだろうか?
でも私は彼を信じることにした。
少なくとも私が知っている彼は、
弱い人間ではないはずだ。

「行きましょうか?」
「えっ?どこに」
「チャペルよ。
まだ、あなたの言うミウがいるはずよ」
「…」
「行きましょう。行けばわかるわ」


第22話~真実2~

セナさんに言われるままに、
あのチャペルに向かう。
またショックを受けるのが怖くて、
本当は行きたくない。
でもセナさんの言葉には、
断ることができない、
彼女の強い意志を感じた。
僕はだた、セナさんの後を
歩き続けるしかできなかった。

チャペルに着く。
ちょうどチャペル横のガーデンで、
記念撮影が行われていた。
ウエディングドレス姿の
ミウの後ろ姿が見えてきた。
僕は思わず立ち止まり、
その光景から目をそらす。

「さぁ、行きましょう。
ちゃんと見ないとダメ。
自分の目でちゃんと確かめて」

(…確かめる?何を?)

別に確認したい事などない。
他の男と幸せになろうとしている
ミウの姿など、もう見たくはない。
しかしセナさんは、僕の手を引っ張りながら、
無理やり正面の方へ歩いて行く。
行きたくない思いの中で、
セナさんに手をつながれて、
少し安心している自分もいた。

「さぁ、よく見て。ミウはどこ?」

変な事を言うなと思いながらも、
顔をあげる事ができない。
そんな僕を見て、
セナさんが繰り返し言った。

「ミウはどこにいるの?」
「…どこって、ウエディングドレス…」
「だからちゃんと顔をあげて見て。
新婦のことをよく見て」

おそるおそる顔をあげて、
ウエディングドレスの女性を見る。

(…ん?)

ミウではなかった。
撮影の中心にいる新婦は、
まったく見覚えのない女性だった。

(あれ?なんでだ?…ミウは?)

「わかった?ミウじゃないでしょ?」
「…おかしいな。今日じゃなかったのかな?」
「おかしくないわ。ミウの結婚式じゃないのよ」
「でもあれは、確かにミウだった。
ミウがウエディングドレスで指輪を交換して、
そして…」
「その記憶は間違ってないわ。
でもそれは、何年も前に見たあなたの記憶。
しかもそれは本当の結婚式ではないわ。
あなたもそのことは知っているはずよ。
だからあなたが今日見たのは、ミウじゃないのよ」
「そんなわけないよ。あれはミウだ。
ミウは僕じゃない他の男と結婚したんだ」
「…。それをミウが聞いたら悲しむわよ。
それじゃ質問。
あなたはなぜ今日ミウの結婚式が
あることを知ったの?」
「それは…」
「別れた男に結婚式の日をわざわざ教えるかしら?」
「それは…、きっと友達に聞いて、
それでわかったんだよ」
「友達ってだれ?」
「猪俣…、そう猪俣だよ」
僕のその言葉に
セナさんはとても悲しそうな顔をして
こう言った。

「トキヤさん。猪俣さんは、昨年亡くなってるのよ」


第23話~真実3~

僕はひどく混乱していた。
今日はミウの結婚式ではなく、
そして猪俣が死んでいる。

(どういうことだ?
じゃあミウのことを誰に聞いたんだ?
…喫茶店のマスター…?
いやそれはない)

頭がひどく痛かった。
ものすごく深い霧の中を
一人で彷徨っている
そんな気がしていた。
その霧は本当に深くて、
進むことも、戻ることもできない。
そんな中で僕は、ひとりぼっちで
不安な気持ちで一杯だった。

ただそんな中でひとつだけ
ちゃんと存在しているものがある。
セナさんだ。
彼女が自分の目の前に
いることだけは、現実だ。
今の僕には、
その現実に頼るしかできない。
もしかしたら、彼女がこの霧の中に
光を与えてくれるのかもしれない。
ただその光の方向に進むことに、
抵抗する自分もいる。
考えれば考えようとするほど、
頭が痛くてしかたがない。
そして、その確かな現実に対しても、
僕には疑問があった。

(彼女はミウを知っているのか?)

そんな偶然は考えられない。
ミウの事で苦しんで倒れて、
自分の知らないミウの知合いに
助けられるなんて、
そんなことは考えられない。

(…ん?…セ・ナ)

突然僕の頭の中で、
眩しい光が点滅する。
それは一瞬の光だが、
その中で物凄い速さで
時間が逆戻りしていく。
「セナ」という言葉がコダマする。
その言葉がまるでパズルのピースで、
それがはまるところを見つけるように、
頭の中の時間が動く。
その先に光が見え始めてくる。
そしてその中にセナという言葉が
吸い込まれていく。

そうだ。
ミウからその名前を聞いたことがある。

(一番にあなたに会わせたいのがセナ)
(セナさん?)
(そう。私の親友よ)

そうだった。
会ったことはなかったが、
セナという名前を
僕はミウから聞いていた。

「セナさんて…、ミウの…」

僕の言葉にセナさんが嬉しそうに微笑む。

「思い出したの?
そうよ。私はミウの親友。
そして私があなたのそばにいるのは、
ミウの意思よ」
「ミウの意思?」
「そうよ。ミウにお願いされたわけじゃないけど、
ミウが望んだから、私はあなたに会ったの」
「ミウは、ミウはどうしてるの?
ミウはどこにいるの?」

「トキヤさん。
全てを知る覚悟はある?」


第24話~真実4~

私たちはチャペルを離れ、
再び公園にもどることにした。
話をするには、あの公園が良いと
私が判断したからだ。
歩きながら、私は横の彼の様子を伺う。
不安そうな表情で落着きがなかった。
ただ彼は、ちゃんと前を向いていた。
前を向いて歩いていた。
自分の記憶が混乱している状態で、
それでも顔をあげて歩いている彼に、
私は感動していた。

(大丈夫かもしれない)

これから私が話す現実は、
彼にとっては、
あまりにもつらい現実だ。
その現実に直面した時に、
彼はどうなってしまうのだろう?
私は彼のことをよく知らない。

(でも…)

そうだ。
私は彼を信じる。
そしてミウを信じている。
彼はきっと答えを見つけてくれる。

公園に到着した私たちは、
どちらともなく、
あのベンチに腰をかけた。
そして現実を取り戻す旅は
始まった。

「トキヤさん、あなたは今病気なのよ」
「えっ?」
「記憶障害という病気」
「…きおく、しょうがい?」
「私はね、大学で音楽療法を学んだの。
音楽療法というのは、老人介護や
心の病、そしてあなたのような
記憶障害の治療に、
何らかの効果があると言われてるの。
まだ症例が少ないので、
一般的にはあまり知られていないけどね」
「…聞いたことあるよ。
詳しいことはわからないけど」
「大学を卒業した後、
私は神経内科の先生と知り合いになって、
そこで、色々な手伝いをしているの。
あなたは、その病院の患者さんよ」
「…」
「あなたがうちの病院に来たのは、
半年前くらい。
あなたのお父様が、
うちの先生と知り合いだったらしく、
あなたの治療を依頼なさったの」
「そんなことあったかな?
覚えていない」
「あなたは、新しい記憶ほど
失われてるの。
ある強いストレスを感じた時から
後のことは、あまり覚えていない。
逆にそれ以前の昔のことは、
わりとハッキリ覚えているのよ。
あなたの場合は、忘れているというより、
混乱しているという感じだけど」
「…」
「あなたがミウの彼だということは、
すぐわかったわ。
ミウからあなたの写真を
見せてもらっていたし、
よく話を聞いていたから…」
「でも、なんで僕は
記憶をなくしてるんだ?」


第25話~真実5~

「ねぇ、思い出して。
あなたがミウに最後に会ったのはいつ?」
「…ミウに最後に会ったのは、
あのチャペル…?」
「あなたとミウは、なぜ別れたの?」
「…なぜって、それはミウが、
たしかミウが僕と別れるって…」
「ミウが別れたいって言ったの?」
「…言っていたような…。
ん…、違う…。
確か約束していたのに」
「約束していたのに、
どうしたの?」
「…そ、そうだ。
僕がプロポーズしようと、
…チャペルに」

彼にとっては、そこが大きな障害に
なっていることは確かだ。
彼が思い込んでいる、
その事実が彼を苦しめているのだ。

「あ…、思い出した。
プロポーズしようと待っていたチャペルに、
ミウが来なかったんだ。
何時間も待っていたのに、
彼女は来なかった」
「それで、あなたはどうしたの?」
「だから僕は、
ミウが僕と別れたいのだろうと
思ったんだ。
あの日ミウは、僕がプロポーズを
するということは、
わかっていたと思う。
それなのに彼女は来なかった。
それは僕との結婚を
望んでいないからだ」
「ミウがチャペルに来なかった。
そしてあなたはどうしたの?
そのまま黙ってあきらめた?」
「…その後?あれ…、
どうしたっけ?」

彼は深く考えこんでいた。
きっとそこから先が
失われた部分なのだ。
彼はミウの家の前で
倒れて病院に運ばれている。
だから彼はその後ミウの家に行っている。
そしてそこで事故のことを知って、
そのショックで倒れて、
目が覚めた時には、
その事実から逃げるように、
ミウが別の男性を選んだという、
間違った記憶を埋めたのだ。

「あ、頭が痛い」

事実と思い込んでいた
記憶の狭間で、
彼は今苦しんでいる。


第26話~真実6~

ここは私が我慢する時間だった。
私が事実を伝えるのではなく、
彼の記憶がつながる時を
待つのだ。
私は黙って、
頭をかかえている彼を見ていた。
現実を取り戻すこと、
そして未来へ向かって、
歩き始めること。
それを導くのが、
私の役目なのだ。

(ミウ…。もうすぐよ
もうすぐ彼が戻ってくるからね)

たった一人の私の大切な親友は、
彼の記憶が戻ったところで、
何も変わらないかもしれない。
でももし彼の記憶が戻ることで、
ミウに1%でも奇跡が起こる
可能性があるのなら、
私はそれを信じたかった。

どのくらい時間がたっただろう。
そして彼が口を開いた。

「ミウは、ミウは死んだの?」


第27話~トキヤとミウ~

ミウのいる場所まで向かう間、
私も彼も何も話さなかった。
もしかしたら、彼の記憶は
完全に戻ってないかもしれない。
私の立場としては、
それを確認する必要がある。
でも、今の私には
それはできなかった。
神奈川県の海沿いの街、
ミウは今ここにいる。
海の近くでのんびりと生きられるように、
彼女のおばさんと一緒に住んでいる。

「着いたわ」

私のその言葉に彼は黙ってうなずくと、
家の中へ入っていった。
最初に私たちを迎えたのは、
おばさんだった。

「よく来てくれたわね。トキヤさん」
「…遅くなってすみません」
「いいのよ。
愛する人が事故にあって、
ショックを受けない人はいないわ」
「でも、自分でもなさけないです」
「あなたは、人より感受性が強いだけよ。
さぁ、どうぞ。
ミウはベランダにいるわ。
この時間は、
あの場所がお気に入りなの」

彼に続いて私も中に入っていく。
ミウは昨日と同じように
車イスに座って
ぼんやりと海を見ていた。

「ミウ…」

ミウを呼ぶ彼の声は
とても優しかった。

「ひどい事故でね。
生きていたのが不思議なくらいなの。
何日も意識を失っていてね。
何とか意識は取り戻したけど、
頭を強く打ったので、
その後遺症で…。
もうもとのミウちゃんに
戻ることは…。
それにまた、状態が悪化する
可能性もあって。
もう、可愛そうで」

おばさんの説明を聞きながら、
彼はミウの手を握り、
ミウの顔を覗き込む。
最愛の彼が目の前にいても、
悲しいことにミウに変化はなかった。
さだまらない視線で、
海を見ているだけだった。

「…ミウ、ごめんな…」

しぼりだすような声で
彼が話しかける。
そして後はミウの名前を
何度も何度も呼び、
ずっとミウのことを抱きしめていた。
私はただ、
そんな二人を見つめるだけだった。


第28話~これから…~

「セナさん、ありがとう」

そう言う彼に、
私は微笑みながら首を振る。
久しぶりの恋人との再会は、
彼にとって幸せな結果ではない。
でも記憶を失っていた時の
彼には見られなかった、
生命力のような力強さを
感じることができた。
それが私には嬉しいことだった。

「これからどうするの?」

私は彼に尋ねる。

「ミウと一緒に生きていきたいと思う。
僕がどれほど役に立つかは、
わからないけど、
もしかしたら一緒にいることで、
何かが変わるかもしれない」
「…私もそう思うわ。
あなたが自分を取り戻したように、
ミウにも奇跡が起きるかもしれない、
…あなたとミウって、
本当に愛しあっていたのね」

私は精一杯の想いで、
そう言った。

「時々はミウに会いにきてくれますよね?」
「もちろんよ」

私は彼を残して、
ひとりでミウの家を出た。
ひとりになったら、
途端に涙があふれてきた。
結局彼は、私のことを
覚えてなかった。
彼にとってあの出来事は、
たいしたことではなかったのだろう。

(でも、私にとっては…)

私はミウの親友で、
これからも彼にとっては、
私はミウの友達でしかない。
でもそれでもいいと思った。
ミウがいてくれたおかげで、
私はまた彼と再会することができたのだ。
病院で彼に会った時から、
私は自分の気持ちを閉じ込めて、
生きることを決めたのだ。
そしてこれからもずっと、
二人のそばにいて、
二人を見守っていく。

(それだけで、幸せだよ)

そう自分に言い聞かせても、
涙を止めることができない
私だった。


第29話~エピローグ~

1994年 8月

私は夏の講習を受けるために、
大学にきた。
私は、呼吸器官が弱く、
都内の大学を受験することに、
親は反対だった。
ただミウも受ける大学なので、
一度見ておきたかったので、
夏期講習を受講することにした。

大学に着いた私は、
すぐに掲示板で確認した
教室に入る。
時間が早かったので、
教室内には、
まだ数人の受講生しか
来ていなかった。
私は決められた席に座り、
少し乱れた呼吸を
整えていた。
その時、嫌な空気が
流れ込んできた。

(…タバコ?)

周りを見回すと、すぐ近くで
数名が固まってタバコを吸っている。
私にとっては、タバコの煙は辛い。
吸い込みすぎると発作が
起きてしまうのだ。
たしか室内は禁煙だったはずなのに、
その人たちは平気でタバコを吸っている。

「…ゴホッ」

咳き込み始めた私は、
その場を離れるかどうか
迷っていた。
その時、

「なぁ、ここでタバコ吸うなよ」

という男の人の声がした。
声のする方を見ると、
ひとりの男性が、
その集団に注意をしていた。

「お前には関係ないだろ」
「関係なくないよ。
ここは控え室だぞ。
それに、そこの人が
煙たそうにしてるだろ」

と私の方を見て言っていた。
その後も少し言い合いが
続いていたが、
やがてタバコを吸っていた人たちが、
渋々教室から出ていった。
私はその彼の方を見る。
彼は私と目があうと、
微笑みながら、
私の前の席に座った。

「あの…、ありがとうございました」

私は後ろの席からお礼を言う。
すると少し体を傾けて、
彼が答えてくれた。

「気にしないで。
あいつらが悪いんだからさ」
「私、タバコの煙が苦手なので、
助かりました」
「そうなんだ?
お互い講習頑張ろうね」

私が交わした会話は
それだけだった。

その帰り道、
私は彼のことを考えていた。
あんなふうに、
男の人に助けられたのは、
初めての経験だった。
彼のことを思い出すだけで、
私の胸は高鳴った。
彼が受験する学校だったら、
私も頑張って受験して、
そしてまた彼に会いたいと思った。
こんな気持ちは、初めてだった。

(…名前聞けばよかったな)

その時私は、
大学の掲示板に
受講生の名前と
待機場所が記されていることを
思い出した。

(私の前の席を見れば、
彼の名前がわかるわ)

私は急いで大学に戻ると、
掲示板で彼の名前を探す。

(…三杉トキヤさんか)

私はその名前を心に刻んで、
大学を後にした。
彼との再会を夢見ながら…。

NO SIDE ~完~